【セミナーレポート】日本版DMOの「課題」と「人材活用」

2015年に「候補法人登録制度」が創設された日本版DMOは、2020年3月31日時点で162件が登録されているが、その役割や組織のあり方について戸惑う事例も耳にする。

今回は、地域DMOである「十和田奥入瀬観光機構」理事長の小野田金司氏(以下、小野田)、地域連携DMOである「静岡ツーリズムビューロー(以下、TSJ)」ディレクターの府川 尚弘氏(以下、府川)、インバウンド専門家として「株式会社やまとごころ」代表の村山慶輔氏(以下、村山)に、日本版DMOの抱える課題や人材活用について話を伺った。

1)日本版DMOの課題について

「稼ぐDMO」であることが基本

小野田:「地域DMO」は一般社団法人であり、パブリック・コーポレーションではないため、自力で稼ぐということが企業活動の大きな目的の一つです。そのため、税金だけでDMOの運営をしようという考えはありません。しかし、実情としては観光協会の延長のように税金の交付を頼りにするところが多いというのが地域DMOの課題だと思っています。我々のミッションは「産業としての観光」の奨励による外貨獲得、地域外住民(旅行者)から稼ぐということですが、この基本原則を無視してやっているようなところが多いように思います。

職員育成の必要性と人材のミスマッチ

小野田:職員教育の必要性が理解されていないことと、人材のミスマッチが起きていることが人材面での課題ですね。「従来の観光協会がディフェンスなら、DMOはオフェンス」とモチベーションとやり方が全く逆のため、マーケティングなどの戦略策定と戦術は専門的に学んでいく必要があります。そのため十和田では月に一度、ツーリズムプロデューサー養成課程として研修を行っています。地域の事業者にセミナー等を実施しているDMOは多いものの職員自身のスキルアップが遅れている気がします。

また、インバウンドに向いている人材は、ハーマンモデル(※1)でいえば「冒険人(アイディアが豊富な人)」だと言われているのですが、実際に出向してくるのは「堅実家(実践や手続きを重視し、計画的な人)」の公務員等が多いので、人材のミスマッチがありますね。

「地域連携DMO」の役割は、地域住民や企業と連携し経済循環を良くすること

府川:「日本版DMO」というのは、「地域DMO」に一番しっくりくる言葉なのかなと考えています。農業で例えると、地域DMOは畑と直結しているので、畑を耕して良いお野菜を植えて、野菜を売ることができますよね。しかし、我々のように静岡県域全体を見ている「地域連携DMO」には、専用の農場はありません。

そこでTSJでは、各地域の皆さんがより良いお野菜を作れるように、また金銭的・経済的な取引ができるように、仲介業者に市場に流通させてもらい、メディアで宣伝してもらえるよう上手く繋いでいきます。そうすることで野菜が評判になり、商品価値も高くなり、結果的に静岡県全体の産業が観光の部分から活性化していって経済循環が良くなる。そういったことが「地域連携DMO」の役割だろうと考えていますね。しかし、DMOと関わっている多くの方々の間では、自分たちの役割や機能、目標・目的、手段などが不明確なのか、なかなか前に進められていないというのが現状だと思います。

地域の人材を育てることを目的としながら、DMO自体に人材育成の環境がない

府川:地域DMOと同様に人材の育成という点で課題があります。現在TSJは、県庁からの派遣職員と外部からの専門人材、観光協会の職員の7名で構成されており、業務は上手く回っている状況です。しかしながら、TSJの中でしっかりとマーケティングやマネジメントのスキルを身に付けても、中核人材として残る人が基本的にいません。

現に県庁から派遣された職員の中には1年や2年で異動された方もいましたし、私自身も1年単位の契約職員です。また、旅行会社からの出向で来てくださっている方も出向契約の期間がある訳です。観光協会の職員も嘱託という雇用形式でTSJに配属となっているため、静岡県のツーリズムデスティネーションマーケティング機関のキャリアパスが準備されていません。

日本版DMOの要件の中で「地域の人材を育てる」ということが掲げられていますが、DMO自体の人材が中核人材として育っていく環境がないという本末転倒の状況です。これが一番大きな課題かなと感じています。

戦略を立てるためにもデータの収集と活用が大事

村山:DMOの方々と情報交換させていただく中で感じている課題は、DMOにしっかりとした戦略がないというところです。もちろん戦略を明確に持たれているところもあるのですが、ないところもありますし、内容のレベル感もまちまちな印象です。例えば、売り上げを伸ばす、訪日客を獲得する等の目標はあっても、その指標の計測の仕方までちゃんと定義されておらず、言いっぱなしのようなところが多いのではと思っています。

また、データがあまり取れてないことも課題の一つだと思います。以前、国がDMO向けに行ったアンケートによると、多くのDMOで基礎的なデータが取れていないことが分かりました。戦略を立てるためにも基礎データをしっかりと取ることが不可欠です。

コロナ禍でより重要性を増しているお客様との接点ですが、そこにもデータ(個人情報)に基づいたアプローチをしていくことが重要ですね。英語ではCRMといいますが、データに基づく顧客の囲い込みというのが一部のDMOを除き、なかなかできていないのかなと思います。

観光の貢献度を示すのもDMOの役割

村山:観光の貢献度を示すのもDMOの役割だと思っています。コロナ禍で観光自体の存在意義が問われている状況も出てきており、この地域にとって観光が経済的にもこれだけのインパクトがあり、地域の生産者、農業従事者、あるいは雇用など様々な分野において貢献しているということを可視化していくことが大切だと思います。しかし、それができているDMOはまだまだ少ないのではないでしょうか。

2)十和田奥入瀬観光機構の外部人材の活用事例

コロナ禍における「稼ぐDMO」としての取り組み

小野田:十和田では観光庁派遣事業を用いて、4名の外部専門家人材に入ってもらっています(デジタルマーケティングの専門家、インバウンドツアーの専門家、フードスタディの専門家、イベントとSNSマーケティングの専門家)。ここからは外部人材の活用も絡めて、コロナ禍での十和田の取り組みをご紹介します。

コロナでお土産が売れなくなったため、外部の専門家と連携し、バナナジュース屋を期間限定でオープンしました。これに関しては800 万円程の売り上げがあり、一番の稼ぎ頭になりましたね。途中からりんごジュースも追加したのですがこれもまたブレイクして、赤字業務が改善されました。

また55回も続いてきた「十和田湖湖水祭り」の花火大会がコロナのために中止になったので、三密の回避策として、今年はスカイランタンを実施しました。こちらが非常に好評だったため、来年からはランタンと花火を両方しようと考えています。

今後に関しては、環境省のアドベンチャーツーリズム(※2)が間もなく始まるということで、テストマーケティングやファムトリップ(※3)をやっていこうと考えています。それから、十和田湖周辺を「ワーケーションワーカーが憧れる聖地へ」とする3年計画に取り組みます。また、10月1日からは第3種旅行業のTravel Towadaをスタートします。

インターンシップ生や若手人材の活用

小野田:この冬には「光の冬物語」というイルミネーションイベントも開催いたします。そのイベントではインターンシップ生に来ていただく予定です。イベントの開催は学生にとって、とてもよいOJT の場で、成長できる環境だと思います。また、地方に行くと若い人は非常に可愛がられますが、やはり褒めて伸ばすことが大事です。地方で活躍して褒められると学生は伸びる。そういう若い力が入ると地方も元気になる。お互いにWin-Win ということで、大学とのインターンシップ連携は価値があると思います。社会貢献したいという学生も多いと思いますが、是非こういう地方で働いてほしいなと思います。

府川:東京から離れたところでも、若い方がやりがいや自己実現を求めてやって来るんですね。しかし、そこに経済的なやりがいもついてこないと、せっかく若い方々が出かけて行って仕事をしていても結婚や出産などのライフイベントにより状況が変わると、最初のやる気だけでは経済的にやっていけなくなってしまうこともあるかと思います。そういう時に、きちんと経済的な担保ができる観光産業ができてないと、なかなかその後の定着とか発展はないのかなと感じています。

村山:十和田は本当にたくさんの取り組みをされていると思うのですが、外部の方と上手く連携して回されているのがさすがですね。もちろん組織内に中核人材は必要だと思いますが、全てのことを内でする必要はなく、外部の方を上手くいかせるかどうかがカギかなと思います。

3)TSJの人材育成事例

地域の人材育成

府川:人材育成に関しては、この3年半で段階的に取り組んできました。例えば、ラグビーワールドカップがあった2019年には、どのようにお客様ニーズに応え、経済効果を出すのかについて講座を行いました。県内の様々な場所で講座を開いたので、おそらく500人以上の方にご参加いただいたと思います。また、御殿場市や富士宮市の方々と協力して、地域に残って核となる方を育てていくような講座を行ってみたのですが、なかなかそのような形では、地域で活躍できる人の育成は難しかったため、今年度はTSJスタッフ自体のトレーニングに取り組みました。

TSJスタッフの人材育成

府川:TSJスタッフ自身がプロフェッショナルになることで、地域で頼られる存在になることを目指し、4月~6月にかけてデスティネーション・マーケティングの特訓講座を組みました。座学とフィールドワークを組み合わせ、毎回3〜4時間にわたる講座を全部で20講座、計8週間かけて開催しました。

マーケティングについては、まず基礎が必要なので、基礎を学ぶ講座から行いました。難しいものではなく、5W1Hを用いて自分側とお客様側のニーズを分解して、それを組み立て直すといったようなものです。

また、TSJのスタッフは前職で観光に関わった経験がなかったので、日本の旅行産業の成り立ちや、関連の団体にどんな機能があるのか、また観光関連の世界的な潮流や戦略の重要性、その中でDMOがどのような役割を果たしていくべきなのかについても講座を行いました。

村山:人材育成に関して独自に体系的に取り組まれているのが分かり、本当に素晴らしいなと思います。小野田先生も体系化されたプログラムを実施されていますが、そういった個々のDMOだけではなく、もっと大きな枠組みで人材育成に取り組むことができたら、日本全体の底上げになるのではと感じました。

※1「ハーマンモデル」とは、GE(ゼネラル・エレクトリック)の能力開発センター所長であったネッド・ハーマン氏が開発した人間の「利き脳(思考スタイル)」を知るための理論と手法。

※2「アドベンチャーツーリズム」とは、「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち、2つ以上で構成される旅行形態のこと。自然をテーマとした観光にはエコツーリズム、グリーンツーリズムなどがあるが、アドベンチャーツーリズムは、アクティビティや異文化体験が組み込まれ、「学び」より「楽しみ」を重視したレジャー性の高さが特徴である。

※3 「ファムトリップ」とは、Familiarization Tripの略。観光地の誘致促進のため、ターゲットとする国の旅行事業者やブロガー、メディアなどに現地を視察してもらうツアーのこと。

【登壇者プロフィール】

一般社団法人十和田奥入瀬観光機構 理事長

大阪観光大学 教授

一般社団法人OSAKA TOURISM LAB 所長

小野田 金司 氏

1957年和歌山市生まれ。近畿日本ツーリスト株式会社、㈱コロネット取締役を経て2007年より神戸夙川学院大学教授、副学長、2015年より神戸山手大学教授副学長を経て2019年より現職。 青森県十和田市、和歌山県那智勝浦町などの地方の観光現場でも活動。 日本最大のチャリティロックフェスCOMING KOBE実行委員、38年間現役ロックバンドでボーカルも担当している。

静岡ツーリズムビューローTSJ ディレクター

府川 尚弘 氏

JNTOや日本アセアンセンターでの勤務を経て、海外政府観光局、客船会社、国際スポーツイベントや観光人材育成などの業務に携わる。2017年1月、TSJの開所にともないディレクターとして公募採用。デスティネーションマーケティングの役割や機能を整理し、県内外の産官学パートナーシッ プの実践、国内外のマーケティング環境を構築し、地域のツーリズムに係る理解拡大や実力向上に努めている。

株式会社やまとごころ 代表取締役

インバウンド戦略アドバイザー

村山 慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年11月には自身8冊目となる「観光再生 サステナブルな地域をつくる28のキーワード(プレジデント社)」を上梓。

【開催概要】

日本版DMOの課題と人材活用
日時:2020年9月29日(火) 16:00~17:00
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころキャリア
共催:株式会社やまとごころ

>やまとごころキャリア

やまとごころキャリア

〒136-0071
東京都江東区亀戸2-26-10
立花亀戸ビル6階
TEL: 0120-915-249

営業時間
9:00〜18:00 土・日・祝日、年末年始を除く

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